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AIR-J'史

映画と映画祭と映画館と演劇とじゃがりこと旅行とライブが好きな札幌生まれのAIR-J'の記録

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2017年5月5日(金)、6日(土)@生駒高原

劣等感と言う名の逃げ

昨日、僕の前任者である人と一緒に呑んだ。その時、「映画祭の実行委員に戻る気はないの?」と言われた。9年(実質途中一年間は辞めてたけれど、本祭の時は当日スタッフをやってた)上映会や映画祭本祭に行く度、他のスタッフからはよく言われる。一緒に呑む機会がある時も言われる。今年は出戻りが数人いるらしい。だからこそまた聞かれたのだろう。

しかしながら、2012年の12月にすぱっと辞めてから戻る気はない。"今のところ"という言葉を付け加える気もない。嫌だったからではない。やりきった感があるからでもない。
時間と自由さを求めて他の映画祭やイベントに行ってみたかったからだ。毎週の話し合いに参加しなくなって、時間が増えた。増えすぎた。だから、今に至る二年はそれなりに色々探れたとも思う。

…でもね、隠された理由としては、このまま委員会にいても自分が企画を出してそれをちゃんと運営できる力に限界を感じ、企画しなくてもいいから映写なり撮影なりアナウンスなりある程度の責任と専門性を求められる役割を担う人たちのようなこともできそうにないと感じたからだ。

昨年の映画祭のプログラムが本気で面白いと思った。それは嬉しさでもあり、悔しさでもある。それを乗り越えるためにまた戻ってやろうとかは、思わない。別のところで何か見せつけたい、というのが今の野望である。それがいつなのかは、見えてこないのだけれど。

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もう先週かと思うと早いけれど、深夜に恋人とカラオケに行った。僕は珍しくそこで一曲だけしか歌わなかった。彼は大学で音楽を専攻しているので、歌が上手いのだ。その上手さに圧倒されて、眠さもあってか、呆然としてしまった。そして気分が落ちてしまった。せっかく久々に会えたという嬉しさもあったのだが、彼はやはり自分よりも上で、そして表現者で、そんな中で僕の歌など披露できない、と頑なに拒否してしまった。あそこまで拒否したのは恐らく初めてな気がする。

この落ち込みは、いつもお世話になってる劇団のワークショップへ以前行ったとき以来な気がする。
周りは普段役者をやっているから、レベルが全然違う。
小学生の頃の学芸会の時は6年間全てそこそこ重要な役をやったとはいえ、そんなものとは到底違ったのだ。
僕は頭で考え込んでしまうからかもしれない。ほぼみんな知り合いだからワークショップ中も、ワークショップ後の呑みも楽しめてはいたけれど、一人家に戻ると疲れと落ち込みが半端なかった。

あれから徹底して音オペや受付とかしかやってないけれど、じゃあ音オペのスペシャリストか、と言われるとそういうわけでもない。何者なのだろう、僕は。

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最初に書いた前任者だが、今の職場でずっとずっとやりたいと言い続けていた爆音映画祭の企画をついに実現させた。その報告をFacebookで見た時、驚きと、そして悔しさが同時にこみ上げた。
職場を変えて初期の頃はよく愚痴ばかり聞いてた気がしたけれど、今の部署に変わってからイキイキし始めた。そして、今年の爆音映画祭の企画だ。

みんな祝福していた。それがなんだか、自分にはまだこんな褒められたり喜ばれたりすることがないなという急な落ち込みへと変化してしまったのだ。

立て続けに近しい人のすごいことを見せられるとどうもダメになってしまうみたいだ。

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じゃあ褒められるようなんかすべきなのか?常に挑戦すべきなのか?「いいね!」不足のためにネタ探しをすべきなのか?

まだ答えは見つからない。早急に見つけようとはしてない。けど、なるだけ早めに、できればこの来年の三月までに、何かを、そう、何かを。

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明後日以降の週はサシで会う約束が3件ある。明後日は初対面で、その次は会った瞬間から気が合っちゃった人で、その次は、ちょーーーーーーーーー久々に再会する人で。
その中でも何か見つかるかな、という淡い期待はある。別に友達づくりとか、ただ楽しもうとか、そんな意味ないことはしたくない。

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・・・な~んて、な。
書いたらすっきりした。そして、読み直したらやはり乱文だけれど、まあ、いい、か。。