AIR-J'史

映画と映画祭と映画館と演劇とじゃがりこと旅行とライブが好きな札幌生まれのAIR-J'の記録

2015年の暮れ・2016年の幕開け、僕は過去を辿ってた

自分史を初めてもうまもなく1年が経とうとしている。
記録をその都度まめにとるようになってから、2015年は改めて一気にまとめなるものを特にしなくて良くなった。
…なので、ライブ鑑賞履歴を加えることにし、年末年始は過去にさかのぼって自分史を補完することにしてみた。

過去をたどると恥ずかしいことやら、もう二度と会いたくない人との出来事、反対にもう一度くらいは会ってみたいなと思える人との出来事がわんさか出てくる。想像以上に時が過ぎ、想像以上にたくさんの人と出会っていることに気付かされる。

検索をかけてみて現況を知ることの出来る人もいる。数年前を境に"一般人"の波に飲まれてたどれない人もいる。
SNSが発達していても、だ。そう、全員がSNSをやっているわけではない。

こんなふうに僕を思い出してくれる人は果たしているのだろうか。思い出させるほど僕は強烈な印象、強烈でなくてもいいからささやかな印象を残せてただろうか。
それは、僕がいくら考え込んでも、人の尺度はそれぞれだから、わかるはずもない。

*****

2015年、良い想い出しか思い出せなかった。しかし、人間関係で残念なことが少なくとも2件あったことを思い出した。内1件はゆるやかなる切れ目なので、ほんの少しのモヤモヤが残るだけで今でも良好ではあるけれど、もう1件は簡単に修復することが難しい案件になってしまった。修復すべきなのだけれど、自分のせいでない部分がかなり大きかったりもして、2016年になにかしら少しでも解決できるであろうか、なんとかしてみたいところである。
しかし、4月から環境が変わることは明らかなので、それ以降の状況次第でまた変わることもあるかもしれない。

*****

話を戻す。
紙ノートにつけてた日記は2000年6月15日(木)から始まる。徐々にネットメディアへ書くようになった。
紙ノートの日記は残ってるから良いし、2005年途中から現在に至るまでのスケジュール帳も捨てずに残してあるので、ある程度までは辿ることができる。
しかし、blogは2つほど、そしてmixi等のSNSのアカウントを2つ消してしまい、そこへ書いた日記の投稿をコピーを取るなどして、いくら黒歴史だろうと残しておけばもっと辿りやすかったのではないか、と今更後悔している。

ある事件を境に、twilogを一旦削除したため、開設初期から2010年3月26日以前までがデータを残せなくなってしまった。
びびらずに残すべきだったかな、とも思ってしまうわけだが、そうは言っても当時の僕にそんな自分史を作るためなんてことは頭になかったから、仕方がないといえば仕方がない。

*****

アーカイブはやはり大事だ。…という上記のことを2015年1月20日の日記にも書いたので、またしても同じことを書いてしまているわけだが、自分史ですら、自己満足である部分があれど、当時の事件や出来事をたどるヒントにもなる貴重な資料になるかもしれないから、何度だって後悔はするのだな、と思った。
そうだ、ケータイですら機種変更する度にそこのショップで廃棄・回収してもらっているので、メールの履歴も貴重な資料だったかもしれないなぁ、と思ったりもする。

*****

この時点では2007年までは補完できた。明日以降にでも2006年以前のを辿ろうと思う。
意外に骨が折れる。たかだか29年3か月弱しか生きていない、こんなちっぽけな僕でも。