AIR-J'史

映画と映画祭と映画館と演劇とじゃがりこと旅行とライブが好きな札幌生まれのAIR-J'の記録

僕と映画館

大森靖子の『君と映画』を流して書いてみる雑記。


(おお!埋め込みとかこのはてなぶろぐでは初めてやったけれどすごぉ~い!)

誰か読んでたとしてもその誰かがわからないまま書くこの雑記を、2016年の上半期が終わったということで書いてみるわけだが、「6月30日に2016年上半期のまとめするぞぉ!」…って意気込んでいたらなんやかんやで7月も10日経ってしまった今書く次第。
そもそも6月30日も、その次の7月1日も1時過ぎに帰宅したし、翌日は休みで演劇を観に行ったはいいけれどそれだけで精一杯の一日だったわけで。
ここ最近毎日が精一杯。

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といってもこの上半期、5年間勤めてきた1月~3月までの前職と、新たに始めた4月~6月の現職に分かれる。
そして同じ業種(なのか?まあ一応そうなのであろう…)であっても環境がまるっきし違っていて(書いてることが抽象的ではあるけれど2016年5月11日の日記参照)上手くまとめられそうにもない。

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7月8日(金)、東京国立近代美術館フィルムセンターの7階の展示室で開催されていた『写真展 映画館 映写技師/写真家 中馬聰の仕事』に行ってきた。

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この写真展は、日本各地の様々な映画館(上映会やフィルム倉庫もある)の写真を撮り続け、それを収めた『映画館 中馬聰写真集』の中からの展示や、実際に使われた看板や座席、そしてフィルムセンターが所蔵している戦前の映画館の様子の写真が展示されている。

映画館 中馬聰写真集

映画館 中馬聰写真集


この写真集、刊行前に予約したくらい欲しくて欲しくて、そしていざ家に届いて見てみたらそのモノクロの映画館たちの写真はもう非常に非常に素晴らしく、映画館巡りが好きな自分はその中にいくつか行った映画館もあって、更には前職場もちゃっかり載っている(撮影当日自分はお休みだったけれど…)ので何度ページをめくってもワクワクした。
回し者でもなんでもないけれど、"映画館という場"が好きな人には是非とも買ってほしい写真集だ。いや、本当に。


…で、写真集を買った後、これに関した写真展を企画してることを情報解禁前に耳にして、関わっている人たちからも詳細もちょっとは知り得てたので、こりゃあ是非とも行きたい、行くしかない!…と思っていた。
7月10日(奇しくも今日だ!)で終わる直前にやっと予定が空いたので行ってきたという次第である。

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写真集で既に観た写真がこうして大きいパネルとして展示されて改めて観るのも良かったし、2014年の大晦日に閉館した新宿ミラノのペアシートにお目にかかれて、そして実際座れたのも興奮した。

嗚呼、まだ行ったことのない映画館、たくさんあるなぁ。この中で既に無い所もあるけれど生きている間・この映画館達が無くならない間にはぐるっと廻ってみたいものだなぁ、と思ったのと、そして、映画館に生かされて今の自分があるのだなぁ、と再認識したのであった。

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映画館というものにハマったのは2002年6月29日(土)、某シネコンで『模倣犯』を観た日からである。
といってもそこから映画館通いが始まったわけではない。映画館通いをするようになるのはもう少し後からだ。
そして映画館デビューは1995年、当時住んでいた札幌で祖母と一緒に『トイレの花子さん』(松岡錠司監督作品)だからこの日が初めての映画館というわけでもない。
でも、あの真っ青な空間(これだけでどこの系列か分かる人もいるかもね)に強烈に感動したのを今でも鮮明に憶えている。そう、シネコンが自分にとっての映画館好きのきっかけなのだ。

一部の映画館ファンは画一化された(本当か?)ようなシネコンを嫌い、ミニシアターと呼ばれる主に大衆化されていない"アート系"と呼ばれるような映画を流したりする小さめの映画館や、二本立てや旧作を流す古くからある映画館、シネコン時代になってどんどん無くなっていく、上記の写真集に載ってるような1スクリーン体制が主な映画館を好んだりする、と聞く。

でも僕はこういう映画館も、そして複数スクリーンを所有しているシネコンも大好きなのである。
だって、人でにぎわっている空間にいるのって、とても楽しくない?
にぎわってない日もあるけれど、1スクリーン体制で巨大な空間が主であった映画館という存在が、複数スクリーンを所有してまた違った巨大な空間になって存在しているってのは、いつの時代もそこに行って興奮できる場所があるということで、素敵なことだと思うのである。

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2007年2月26日(月)、とあるファッションビルに入っている小さな映画館で働き始めた。
シネコンで映画館というものにハマったとはいえ、最初に応募したシネコンは書類の段階で落ちたので、次に履歴書を送ったところがここであったという次第であった。
母に内緒で面接を受けたので、そんな時に限ってなのか母と何かのDVDを観てる時に採用の電話がかかってきて、とてもドキドキしてたのもちゃんと覚えている。
(成人してるのに内緒とかあるの?…と言われそうだけれど、むっちゃ過干渉であったのでたとえアルバイトのことであっても色々言われていたのだ。まあやっちゃえばこっちのものってことで、色々言われながらも最終的には許してくれる母であった)

映画館自体は小さかったから最低2人体制でやってたりもしたけれど本当に楽しかった。フィルム映写・編集、バラシも含め色々なことに挑戦させてもらったし、通常のロードショーは某大手作品という決まりだったけれどレイトショーでは弐番館上映としてアイデアもいくつか出して採用されたこともあった。上映されている映画も勿論ここでたくさん観た。

2010年、本当は9月までシフトが入っていたけれど不当な理由(半分自分の所為だが半分明らかに支配人のいちゃもんの所為。ちなみにこの時点での支配人は自分が働き始めた当時はパートとしていて、2人目の支配人が異動になってから支配人に昇格した。ずっと仲良くさせてもらってたのに、終盤になって自分の起こしたこと、まあtwitterのとあるtweetがバレたわけですね、twitterって怖いね…がきっかけで急に態度が冷たくなり、あることないこと言われるようになったのである)で支配人と半ば喧嘩になり、突然8月31日付けでここのアルバイト人生に終止符が打たれた。

終盤にこの支配人に冷たくされたこと以外、お客さんとの、そして他のスタッフ達との交流は楽しかったし、後々この支配人を除いて他のスタッフ達と一緒に送別会という名のピクニックを企画してもらったので、全体的には楽しい映画館アルバイト時代だったと思っている。

(後に新宿でばったり出会ってしまい、友達といたのに追いかけ回されたのも良き思い出…でもないか。。。時々この人の夢を見るし、この人と似た髪型、声質の女性に恐怖を覚えたりすることもあるし、ここの映画館は2011年9月に無くなったけれど、系列の別の映画館でスタッフとして働いていたのを見かけたこともあるし、去年あたり某映画祭でスタッフをやっていたのも見かけたので、呪縛は全然解けてない。)

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思い出話を長々書いてしまってよく分からなくなってしまったけれど、とにかく僕は映画館が好きで、映画が上映される"上映会"や"映画祭"といった映画館であったりそうでなかったりする場も好きだ。

それがちょっとのことで揺るぎそうな折り重なる職場での日々があって、今日(というか昨日)もちょっとしたことで本来の予定を諦めて家で爆睡したほど精神がすり減ってる。

twitterでは書ききれないことを吐き出しておかなきゃ、もうそれこそ本気の意味で"死ぬ"という危機感もありそうなので、ここに記しておこうと思う。
(体重がここ数ヶ月で4kg近くも減っているのは明らかに危機)

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そうして、その"死"を回避するためにblog書く途中に映画館での映画鑑賞予定を立てたりするのであった。

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嗚呼、海外の映画館巡りももっとしたい。