読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

AIR-J'史

映画と映画祭と映画館と演劇とじゃがりこと旅行とライブが好きな札幌生まれのAIR-J'の記録

誕生日14日前

緩やかで刺激が少ないと思ってた矢先に知る悔しい事実。ある面では安心感に繋がるのだが、現状の自分に対して焦りもできたと言えばできた。
ただ、そこで「競い合え!」となるとどうも自分の性に合わない。社会で生きるとはこんなにも難しいのだと知る9月28日(水)なのであった。

*****

2006年10月13日(金)の日記は実に赤裸々だ。2006年と言えば自分が性(せい)という実体験を始めた年である。ちょうど10年前だ。

セクシュアリティに実際に悩み始めたのは高校生の時くらいだろうか。
そこから2005年に『東京レズビアン&ゲイ映画祭』(現:東京レインボーリール映画祭)のボランティアスタッフとして潜入してからある種の悩みが晴れ始め、何かがスタートした気がする。

初体験でどんなことをしたか、そして2006年の誕生日前日にどんなことをしたかを日記に書いた通りにここで詳細に語れば誰かの心に引っかかるものがあるのかもしれない。
誰かにとっては「そんなものか…」で終わるかもしれない。
でも、当時の自分には初体験というものがとてつもないものと感じたのであり、その次の起こった経験だってとてつもないものであり、それは比べるものでもなんでもない。

よりによって10年前の誕生日前日夜に新宿に立ち寄り、そこで起こった(起こした、とも言うべきなのだろうか?)出来事がリスキーであり、哀しくもあり、でも欲望は満たせた部分もあり、帰りに誕生日を迎えた瞬間、もう心の中がぐちゃぐちゃとして10代最後のことを書き殴る衝動を抑えられなかったのであった。
当日の大学の授業中でも前日のことを思い出しながら授業内容に身が入らなかったのを今でも覚えている。

*****

浪人を経て、好きではない学部・学科で大学生になった2006年。
大学内ではその悶々が収まりきらずにネットの交流も積極的になっていった年でもある。
前年にSNSやblogは始めていたけれど、大学生になってきたら時間的余裕は更に出来てきたのである。

その後演劇を観る・携わるようになったきっかけけである大学の演劇部に入ったのも2006年。
東京国際映画祭のボランティアスタッフを始めたのも2006年。映画祭のボランティアスタッフ自体は2004年からだけれど、映画祭3つのボランティアスタッフをやることによって"映画の祭典"たる楽しみを知り始めたのはこの年からではないだろうか。
数年間映画祭ボランティアスタッフを複数やることによって良い面も問題点も知ることになっていくのであった。

*****

10年間、セクシュアルなことで何か変わっただろうか。変わったといえば今やどこか淡々とこなしてる感じも否めないってことだろうか。
セクシュアルなことに積極的に活動してない割には途切れたまま久しくなるってことがないので、「淋しい」とつぶやく人の気持ちは解らないでいるし、本当にそうなのかを疑ってしまってはいる。

*****

セクシュアルなことについてまだ自ら公に言う勇気は出せずにいるけれど、どこかのタイミングで言ってみるのもいいかもしれない。
限定公開とか、新規にblogを開設して言うのもありかもしれない。

それよりもなによりも、今はセクシュアル以外のことが大いなる悩みなので、その余裕が出来るのはもう少し後だと思われるが。

広告を非表示にする