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AIR-J'史

映画と映画祭と映画館と演劇とじゃがりこと旅行とライブが好きな札幌生まれのAIR-J'の記録

誕生日2日前

実に疲れた。寝不足もあるのだろうか。そして三連休の最後も最後とて業務はなんとか無事終わらすことは出来た(何もトラブルが無かったというわけではないけれど回避はさせた)が、だからこそ精一杯が疲労に繋がったのだろうか。

せっかく髪も切ったし、久しぶりすぎるほどに眉毛も整えたというのに、その後レイトショーで映画でも観ようとしたが重い腰が上がることはなく倒れ込むようにまた寝てしまったのであった。
どうせ、また翌朝は早い。

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【2012年10月13日(土)の日記】
※個人名、団体名の一部は伏せます。

14:51、自宅食卓にて
今日で26才になる。部屋にとじこもった父がいたとしてもそれはあまりに無関係で、帰国しても一人、なんと疲れが「なかった」ことか。まあ、飛行機と電車の中で寝たからね。 夕方は○○と食事があるけれど。
ホント、家が好きじゃないみたいだ。 ソファは捨てたい。、いや、捨てる。
これ以上なんかは残したくない。
韓国の旅は楽しかった。△△くんを放っぽらかしてしまったが、なんか、こっちはこっちで現地の出会い(××××××で、だが)で色々とね。
さあ、どうしよう。とりあえず、このへんで~~~~~~

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この日の夜は本当に楽しかった。翌朝まで一緒に、自分の好きな人と一緒に過ごしたから。
そのことはノートの日記でも予告しかしていないし、twitterFacebookですら詳細は書いていない。
翌日のとある映画祭のスタッフ打ち上げの時に嬉々として話したくらいだ。
誕生日ケーキを買ってくれた以外の数々のエピソード、ここで書けばいいのかもしれないが、それはやめておく。
まだ恥ずかしいかな…


今でもごくごくたまに連絡を取る。勿論、彼には告白はした。二度もして、どちらも振られたけれど、それでも友達としていてくれると言った。その後に食事も何回かしたし、一緒に一泊旅行だってした。引っ越しも手伝った。
どストライクすぎたのだ、行動も、顔も、その他色々も。話がたまに噛み合わないけれど、それもまた良かったのかもしれない。

出会ったのは前年の夏であり、母が亡くなったこの年の当日にその旨をメールをしたらすぐ電話を入れ、心配をしてくれた。彼は表面上はドライな雰囲気の態度なので、即座に電話をくれた事が本当に本当に嬉しくて仕方がなくて、忘れられない。

母が亡くなってから初めての誕生日。だが、過干渉から解放されたからか、この年から旅行が一気に増え、演劇鑑賞にも本格的にハマり、全国各地(そして海外)の映画祭への参加もまた楽しくなっていったのであった。
生まれ変わったといえばそうなるだろう。


ところで誕生日の前日まで、昨年から恒例行事にしていた釜山国際映画祭への参加のための旅に行ってたが、一泊目の夢でいきなり母の夢を見たのであった。しかもかなり普通に現れて。
帰国後のある日も、いたずらで母から耳に息をふきかけられたような感覚があり、それはかなりリアルであったのをはっきり覚えている。
死から半年ぐらいしか経ってなかったから、まだ体感として受け入れられてなかったのだろう。

そこには、今まで、母がいた毎日が普通にあったから。

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2013年10月13日(日)、この日は東京ディズニーシーで男の友人と一日を過ごした。

年パスを持っている彼は、朝早くから全てのパレードを見せたいというので、乗りたいアトラクションのファストパスを事前に全て取ることにして、他はほぼ一日中良い位置でパレードを見ることになった。

※彼とは同年4月29日に東京ディズニーシーへ行った。ちなみに僕にとって人生二度目のディズニーシーだ

連休の真ん中で人が多く、更には天気が良くて滅茶苦茶暑くて一日中外でパレード待ちをしていたので日焼けをしたのを覚えている。スマホも熱くなって電池の減りが早かった。(無茶なことさせやがって…!とちょっぴり思ったのも本音ではあるが、少々おもてなしがまだ不器用な友人なりの誠意だったのでそれはありがたくもあった)

誕生日のシールを貼ってると様々なキャストから祝われ、ちやほやされる。パレードの際はわざと額に誕生日シールを貼ってアピールして、面白がられたものである。

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そういやハロウィンの時期だったのでこんなホットドッグが売ってあったからつい買ってしまった。写真にしても、実際見ても、何故これを商品化しちゃったのか不思議でたまらない。
今見ても笑う。

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母が亡くなったからと言っても、仕事に、人間関係にと恵まれてたから楽しかった。いや、母が亡くなったからこそ・・・というのは不謹慎ではあるけれど、ある種の本音だから隠さずには言っておこう。

社会人になってからの誕生日を振り返ると、なんだか今年4月以降の状況とのギャップが激しすぎることに気付く。
だからって過去にしがみついてたって何も始まらない。

楽しかった思い出は思い出として、これからはまた違った楽しい思い出を作っていけばいいのである。今の自分には選択肢はいくらだってあるのだから。

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