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AIR-J'史

映画と映画祭と映画館と演劇とじゃがりこと旅行とライブが好きな札幌生まれのAIR-J'の記録

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2017年5月5日(金)、6日(土)@生駒高原

2016年の振り返りー12月ー

2017年までに2時間切っているというのに、何も食べずに振り返っている現状。
それでも、来年には回したくないので、意地でも振り返りを今年中に済ますと決めている。

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映画


映画『この世界の片隅に』予告編

12月1日に一気に4本観て、あとは『ローグ・ワン スター・ウォーズ・ストーリー』をIMAX 3D 字幕版で観て2016年の映画鑑賞は終わった。
業種が業種だけに映画に関しての話題は常日頃耳にするとはいえ、鑑賞する機会はがっつり減ってしまった気がしてならない。だけれど先日すべて数えたら短編含めたら100本は超えてたので、一般的な映画鑑賞本数よりはやはり多いのかもしれない。

さて、12月はダントツでこの世界の片隅にだろう。最近は今年のトップ10を選ぶようにはならなくなったと言ったが、1位にしたいくらいの作品であった。巷の口コミに乗っかってとかそういうのでは全然ない。

この映画の欠点は最初の時の流れがかなり速いことだ。子ども時代があったと思ったらすぐ大人時代になるので端折りすぎではないかと思ってしまった。
広島のあの原爆投下へ近づくにつれ、そして投下され、そしてその後の流れはやや緩やかになる。
緩やかになるとはいえ、やはり速いことには速い。

しかしながら、それよりも通常の戦争映画に比べて、笑えるシーンの比率が多く、思ったよりも日常的なシーンの割合が多いことが素晴らしい。だからこそのあの原爆投下の怒り、悔しさ、哀しさが心にずしりと響いてくる。

原爆投下があったとはいえ日常は続いていくのである。劇的な出来事が起こり、しばし呆然としていた日々も、いつしかみんな笑いあって日常に戻るのである。

"感動"というのは易々と使いたくはないが、本作に関しては「感動した」と文字通りのアクションが僕の心の中にはあった。

映画館

12月1日(木)は新宿ピカデリー、テアトル新宿、そして新宿シネマカリテと新宿で映画館はしごをした。

そして12月17日(土)は初めてのIMAXを体験しに、109シネマズグランベリーモールへと行ったのであった。

『ローグ・ワン スター・ウォーズ・ストーリー』自体が大きい画面に対応している映画なのでその効果にピンときたかといえばそうではないし、3Dもそこまで効果的な感じはしなかったが、恐らくこれに慣れてしまうと他の通常のスクリーンが小さく感じ、音響もすごくないと思ってしまうのだろうな…とは思ったのであった。

映画祭

12月は映画祭に行っていない。

演劇

12月は3本。

12月11日(日)に観た芝居企画TECALL『かいじゅう』は安定した面白さだったなと思った。
2月にもここの公演に行き、その公演の続編にあたる作品である。
2月の公演を思い出すとより楽しめるシーンもいくつかある。

芝居企画TECALLは、序盤の滑る笑いから、徐々に感動へと持っていく面白さがある。最初はそのギャグに呆れ続けてしまったりもするのだが、うまいことそこからの「実は・・・」に持っていくなめらかさが好きでまた観に行きたくなるのである。
不穏な物語が好きなくせに、こういう安定な感動の演劇も好きなのである。

そして何よりも、緊縛夜話 第十四夜『魔法少女 喪失篇』にスタッフとして関われたことが嬉しかった。7月の振り返りで美貴ヲさんの公演について語ったが、去年も彼女の脚本での緊縛夜話を観ており、今年も絶対観ると決めていた矢先、舞監補助の募集があったので応募したのであった。公演のちょっとした手伝いをしたり、ゲネや返し稽古の様子を観覧できたのも楽しかった。

緊縛というのは最初変態なイメージしかなかったが、もちろん変態性も秘めながら己の解放だったり、微細な変化だったりの大変面白い側面を持っている。

終演後の懇親会で知人の知人が体験緊縛の抽選に当たり、その様子を撮ることになったが、実にその微細な変化の様は非常に興味深かったものである。
緊縛については今後本気で学びたいとは思っている。

ライブ

12月はライブに行っていない。

旅行

12月も旅行に行っていない。

仕事

11月の一気に増えた業務は12月になってやや慣れてきたとはいえる。これからもっと積み重ねれば慌てることが少なくなって安定していくだろうとは思っている。
ただ、慣れ過ぎて凡ミスとやらをしないように常に気を引き締めたいとは感じている。

12月31日、無事に仕事が納まった。

来年は仕事面でどうしていきたいと僕は思うのであろうか。

その他のプライベート

先月亡くなった祖母の散骨式を12月19日(月)に行なった。最初は父も行くと言っていたはずなのに、結局は僕一人での参加であった。
散骨は祖父の時以来で、どうやら同じ海で散骨してほしいとの遺言があったとのことで、同様にしたまでである。

一人で参加して、長いようで短い散骨式は終わった。

何か散骨しながら感情を湧きあがらせようとしたけれど、やはり特段そういうのはなかった。無慈悲と言えばそうなのかもしれない。
他人の死とは、結局人生においての形式的なものなんだろうな、と僕は思ってしまっている。
色々と早めにやれば大変ということもないのである。

それ以外は…昨日の晦日に友人の家をちょっと掃除した後に、その彼氏の家で鍋パというものに参加したことくらいだろうか。
忘年会のようなものは今年は職場含んで一回も参加しなかったので、他人の家でレコード大賞を見ながら鍋食べたり手作りおつまみ食べたりお酒飲んだりと、忘年会らしいことになんとか滑り込みで参加できたのは嬉しかった。

職が変わって4月以降、それまで習慣だった朝ドラ鑑賞すら無くなってしまいテレビを観る機会が一段と減ってきてたので、新鮮な気持ちで歌番組とやらを観ていたのであった。

・・・そう、こうして4ヶ月分の振り返りをして冒頭の文章を書いてから既に来年まで1時間切っているが、この間ラジオもテレビも、そして音楽すら聞いていないのであった。
いやはや。

そんなこんなで、急ピッチで2016年全ての振り返りを終わることにする。