AIR-J'史

映画と映画祭と映画館と演劇とじゃがりこと旅行とライブが好きな札幌生まれのAIR-J'の記録

誕生日13日前-2017

9/23(土)に仕事を終え、最終便で生まれ故郷札幌へ飛び立ち、すすきのという猥雑で地方感満載のチャラさが漂う街の中のホテルに泊まり、9/25(月)の早い便で帰り、くたくたになってちょっと寝てから夜勤へ向かう。

そんなことをしていた。
もうこの仕事に付いてから谷間の休みを使ってどう旅行欲を満たすかをいつも模索して、8月に引き続き福岡に行こうかとも迷ったのだけれど、久々の札幌に行くのもありだな、と思って札幌を選んだ。

すすきの到着後、そういや札幌には実に2年8ヶ月も帰ってないことに気付く。
近しい親戚は今は従姉妹とその両親(叔父叔母)しか北海道にいないので、帰省という概念が遠のいているという一因がある。
今回、小・中の旧友には結局会えずじまいだった。札幌へ行くと告げたのがかなりぎりぎりだったという自分の原因もあるのだが。


●9/23(土)
母や母方祖父母が生きてる頃にいくら毎年行ってたからといって、そして、母が亡くなってから一人でも札幌へ行くようになったからとはいえ、すすきのという街にはあまり寄りつかなかった記憶がある。

f:id:airj15:20170928163344j:plain

探偵はBARにいる』でよく見る光景。手前にビニール傘が不自然にぶら下がってるけれど気にしない気にしない・・・
探偵はBARにいる』シリーズ、実はひそかに好きである。


健全に(?)生き過ぎたせいか、その地方感満載の猥雑でチャラい雰囲気に新鮮さを覚え、若干戸惑う。
大人になってから旧友と吞んでも結局居酒屋なので、大人の遊びらしいものを全然してない故もある。

そういや、市電が環状線になってから1年以上も経つのだとも気付く。初めて見る環状線化の札幌市電も、新鮮だった。

空港ラウンジでも機内でも吞んだし、疲れがあるというのに、せっかく猥雑な街にいるのだからとどこかへ行きたくなり、0時過ぎてから出歩いて、とあるゲイバー(札幌でゲイバーおろかバー自体初めて)に入って、4時近くまで吞んだ。

ここのバーは何故か食べ物のメニューが豊富で、この日はママさんの出身地である増毛町のにしんのピリ辛をいただいた。

吞んだ酒は、カクテル→日本酒→スピリッツショット(96度のアルコール…!!!)→日本酒(隣の方が吞んでいたものを頂戴した)

よくもまあ記憶残して無事ホテルへ戻れたものである。褒めたい。


●9/24(日)

…とはいえ、吞んだにはかわりないので、昼過ぎまで寝て、のんびりと出掛ける。
無計画で何も決めてなかったが、この日は結局小学生~中学生11ヶ月の間に過ごした場所を巡ることにした。
札幌来るたび毎回やってる、気もしなくもない。

  • 中学校。
    11ヶ月しか通ってなかったが、実に濃い11ヶ月だったな。
    あそこで出会った旧友Hと、この年になるまでやりとりすることになるとは思わなかった。今回は会えなかったけど。
  • 小学校。
    全然変わらない。うさぎ小屋も、室内プールも、花壇も。グラウンドでは野球チームが試合やってたな。後輩かな。
    初キス(中一の冬)を経験した近くの電話BOXもいまだに残ってる。最早私的記念碑としてなんか掲げたいくらい。
  • 近くの教会。
    母が熱心なクリスチャンだったので自分もよく通っていた。牧師さんもまだいらっしゃった。
    随分お世話になったのに、僕が音信不通にしてたので、今回、母方祖母が亡くなったことを初めて告げる。三十路になったのに、やはり僕の幼少期からの記憶が残ってるからお菓子をどんどん勧められたリ、挙句の果てには帰りにお菓子丸々一袋をもらうことになったりと、親であろうとそうでなかろうと可愛がってくれるというのは年齢関係ないのだな、と感じたのであった。
    f:id:airj15:20170928170637j:plain
  • 母方祖父母のお隣さん夫婦。
    母が亡くなってから2ヶ月経って札幌へ行ったのに、不在だったか、はたまた呼び出しベルを押すのに勇気がなかったかで、結局は今回、母方祖母が亡くなったことに加え、4年前に母が亡くなったことまでも告げるということになってしまった。(母方祖父が亡くなったことは知っている)実は一度玄関前まで行ったが引き返して、でもやはり会っておかないとな、と思って戻ったのであった。

    母方祖父母ととても仲の良い近所付き合いをしていて、僕も母方祖父母の家にはよくお世話になってたので自然とお隣さんにもお世話になっていた。生前、仲良かった故に、祖母が現状(例えば母が亡くなったこととか)をお隣さんに伝えるのを躊躇ってた為、今になって色々僕が伝えることになってしまったのは悔やまれる。お隣の奥さんが何度も残念がる言葉を言ってたのが今でも耳に残る。
    ここでもお菓子やら肉まんやらをいただいた。お隣さんにとっても、教会の牧師さん同様僕はまだまだ子どものような存在なのだろう。


こうして、思いもかけずお世話になった人への現状を伝える行脚(?)になったり、あとはずっとノスタルジーに浸りながら夜までほっつき歩き、結局ぎりぎりまで旧友との連絡を試みたが誰も繋がらず、この日は父方従姉妹とその両親(叔父叔母)と4人で食事をすることになったのであった。

**********

旅行欲が湧くのは専ら映画を観る為(正確には映画館に行く為)だったので、今回のように映画に一切関係ない旅、そしてイベントすら行かない旅は久々だった。オータムフェストがやっていたというのを知っていたのに行かなかったし、札幌国際芸術祭もどうやら開催されていたようだけれど行くことはなかった。

17年東京に住んでいて自他共に札幌生まれで札幌に在住していたという印象が薄れていく中で、ここで生きてた証をしみじみと思い出すだけの旅もまたいいものだな、と感じた。

そして、父方従姉妹・叔父叔母に「今度は気軽にウチに泊まりに来なよ」と言われて、そうだよな、母方祖父母も父方祖父母もいないけれど、そして母と一緒にいる時間が長く、母方祖父母含むあちらの親類ばかりとの付き合いが多かったので父方従姉妹・叔父叔母とはあまり絡んでこなかったけれど、北海道にいる親類はいることにはいるんだよな、と改めて気付いたのであった。


ここ最近、色々地方(海外含め)に行って故郷が欲しいとか思っちゃってたけれど、ちゃんとあった。
札幌生まれ、札幌育ちだということを、また再認識していこう。