AIR-J'史

映画と映画祭と映画館と演劇とじゃがりこと旅行とライブが好きな札幌生まれのAIR-J'の記録

理解をする・しないの話ではなく

平日にお休みがある業種なので、今朝は観たい映画を見逃したが、代わりに溜まっていた洗濯を進め、読んだネットニュースの記事を再読して、それについてのコメントを読んでみた。

withnewsのこれとか
withnews.jp

これとか
withnews.jp

コメント見ながら、溝は埋まらないものなのだな~…としみじみ思って若干暗い気持ちにもなってしまった。

後者の記事に関しては、「無碍にあなたのことをポリコレ棒で殴ろうだなんて、みんなそこまで考えてないけどなぁ」とかは思いつつ、じゃあ、それを声高に腹立てたところで結局この人は萎縮してしまいそれこそが”ポリコレ棒で殴られた”という感想を抱いたままこれからも生きてきちゃうんだろうなぁ、って思ってしまった。

これらの記事を読む前に似たようなことを書いてしまったが、
airj15.hatenablog.com

僕も、あなたも、同情を求めてるってわけではない。
楽しくありたいだけ。
「理解できないけど」と言ってくれて、でも個として付き合ってくれた友達は本当に嬉しかった。「わかるぅ~」よりも断然、だ。


全然別の話だが、転勤してしまったとある上司、考え方も映画の趣味も嗜好もことごとく合わなかった。
自分の好きな映画の話をしたときに「全然理解できないけどそういう考えをしてる人は面白い」と言われ、(いやいや、あなたの考えのほうがおかしいと思える)とか心の中でつぶやきながら、仕事後の深夜のサシ吞みを2回したりもして、すげぇ楽しかった。話したとて、彼との考えを擦り合わせることはまずなかったし、そんな気は互いになかった。

とても癖のある上司ではあったが、切り捨てるのではなく面白がって聞こうという姿勢が、嬉しかったなと今でも感じている。

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今、ふと、中学生くらいまでの僕はかなりの泣き虫だったし、過干渉な母親とべったり過ごしていたので怒りやすい性格だったなと思い出した。(反抗期中は皿を割りまくったこともあったなぁ…
父親も父親で、今でもちょっとしたことでキレるので、そういうのを見てきたせいで大人になった僕は泣く・怒るエネルギーを費やすことを避けて、"クール"とか"ドライ"とかになったのかな、と思った。

人との距離を一定に保ってるのはそこにあるのかもしれない。