AIR-J'史

映画と映画祭と映画館と演劇とじゃがりこと旅行とライブが好きな札幌生まれのAIR-J'の記録

誕生日5日前-2018

つい時間が出来るとやってしまうこと、それはFacebookで小・中・高・大のクラスメイトの動向をチェックすることだ。

とはいえ、僕の小~大のクラスメイトとの付き合いは現在かなり少ないし、SNSで繋がってるのは義理な人が数人だったりもするので、そこから辿って覚えている人のページを訪問しているのであった。

「あ、この人苗字変わってる、結婚したのか~」
「シングルマザーか、そして妊婦姿の写真を披露するとか、あの頃のハツラツとしてリーダーシップ発揮してるさまからそのまま大人になったんだな~」
「ああ、こいつも父親になって子どもとの写真を載せてる子煩悩さを発揮してるんだなぁ~」


自分の生き方がどうだったかというのは、常に振り返ってしまう。楽しく生きているとはいえ、やはり"if"なる人生は考えてしまう。
そして、その"if"なる人生より超越したいから、何かしら気にされることをしたい、してやろう、という気持ちになる。

「他人と自分を比べるくらいならSNSなんて辞めちまえ」と幾人かは言う。一理はある。
でも、きっと、何かしらの手段で、そして何度だって、かつての同級生の動向を調べようとは、これからも不定期にしてくんだろうな、って思う。


7年前、ふと、かつての高校生の同級生で当時はそこそこ仲良くしていた人の名前を検索にかけたら、地方アナウンサーをやっているということを知り、驚きと同時にメディアで顔を晒すなんて仕事に就くことに羨ましさを感じて嫉妬さえしていた。
その後『黒い画集 あるサラリーマンの証言』を観てそのラストのやるせなさで、暗い結末の映画を積極的に好むこの自分が、彼への嫉妬を増大させ、自己嫌悪に陥り、かなり落ち込んだりした。※たぶん普通の精神状態で見たらそこまで傑作とは感じなかったかもしれませんが、上記のようなことがあった直後に観たせいでトラウマも生んだので、嫌いであり好きである映画です。
承認欲求問題は無くならない。「承認欲求」で検索かけたら、このblogで7件もあった。直近でも言ってる。

否定はしていない。むしろ肯定している。
ただ、他人と同じようでは嫌だ。

そんなこんなをまた考えてたら、もう今週末が誕生日だ。