AIR-J'史

映画と映画祭と映画館と演劇とじゃがりこと旅行とライブが好きな札幌生まれのAIR-J'の記録

「居場所」について考えて早約1年

とある人の「居場所」の記事についてblogにコメントしたのが今年の1月。
言及したのが今年の6月。
再度言及したのが今年の8月。

まあどの記事においてもなーんも解決なんてものを提示してないんだけれど。

一つ気付いたのは、自分は大して一生懸命「居場所」を探しているわけではなくて、「居場所」を作ろうだなんてこともそこまで思ってもなくてってことであった。
とりあえず面白そうなところを見つけたら飛び込み、面白そうだったらそのまま居続け、その中でとりわけ居心地が良い人を見つけたらやりとりしたり個別に会って、つまんなくなったら抜けて、そしてまた新たな刺激が欲しけりゃそれを探していくんだけなんだな、ってことをしてるのであった。

気付けば色々なコミュニティ(?)とやらを渡り歩いてたりしてる気がする。

前にも書いたけれど元々かなり消極的でコミュニケーションが今以上に苦手だった。
友達作りで自分からいったことはほとんどない。告白だって自分からした回数は圧倒的に少ない。

消極的な性格を払拭すべく、大勢の人のところや知らないコミュニティへ敢えて飛び込むようになり、そこから変わっていったんだけれど、根底の暗さは消えないままだったりする。

何回か行われた同窓会に参加したときや、SNSが登場した当初は無理に旧友への繋がりを増やそうとしてたが、やがて疲れると気付いた。
たぶんだが、それ以来数名を除き全く以て学生時代の友達となんて連絡を取り合っていない。なんかの拍子で会いたいと思ったとき以外は取り合う気も起きないだろう。

それから、居心地が良いと思う人とはと好きなタイミングで会えばいいじゃん・・・ってなって、去年の話になるのだが、とある初対面で会った人との会話が超絶つまらなくて新宿二丁目の路地で友達に電話をかけ、実に数年ぶりに再会、バーで吞むなんてことをしたりした。

この前も、出会ったのは10年前であって自分が大学生の頃は頻繁に吞むために会ってた人と、疎遠になってはいるが薄くつながっていて、1年ぶりに電話をして、じゃあまた会おうか~、ってなったりもした。
なんかそれで全然いいんだと思った。


数ヶ月間、とある人とやり取りをしてたのだが、その中で自分との相違点を見つけた。

僕は「普通に生きる」より「欲望に従って生きる」の優先度を高くしているのだな、と。

面白ければモノでも人でも構わないので、「人間関係のもつれ」などを時たま起こしたりしてる。
・・・で、反省しないからタチが悪い・・・とかをこの前も書いたんだけれど。

しかしながら、このとある人と意見が相違してても、やりとりするのが楽しかったりする。
きっと、どこかで似通ってるんだと僕は勝手に思っている。

僕は多くの人が集まって騒ぐ場所が好きなので、パレードも、うるさい大衆居酒屋も、クラブも、ライブも、好き好んで行くわけだが、まあ、そこで誰とも交わらずとも楽しかったりもするわけで、そういった意味では一人でいても平気な人間、なのかもしれない。


来週は日比谷で行われる映画祭で不連続な休みの日を使って計3日、1日目は映画3本、2日目は映画4本、3日目は映画4本の計11本、
朝から晩まで映画を観る予定だ。

結局のところ、毎回同じオチなのだが、僕は「居場所」云々より映画に収束するのであった。
おしまい。