AIR-J'史

映画と映画祭と映画館と演劇とじゃがりこと旅行とライブが好きな札幌生まれのAIR-J'の記録

マイノリティ論3~マイノリティのマジョリティ~

前回の記事での反省会後、吞み足りないと思った僕は新宿二丁目を夜な夜なぶらつき、でも入りたい店が特になく(三連休最後の夜だから閑散としてたのというのもある・・・)、目が合ったそこらへんのおじさんに「良い店ありませんか?」と声を掛け(人見知りだが何故かこういう思い切りはときたま湧き出る)、連れて行かれた店に入った。

そこの店は、スタッフ2人以外は

・娘がいる中年の女性(ノンケ)
ADHDを抱えている息子がいるが、訳あって離れて暮らしている僕より一つ下の女性(ノンケ)
・その女性の(たぶん)セフレの男性(ノンケ)

ゲイバーとなると"会員制"を掲げるところが多く、ミックスのところももちろん行くことはあるけれど、その中でも客の割合はやはりゲイが圧倒的を占め、だから深夜にこの割合は(たった6人とはいえ)珍しいほうだった。

細かいことは端折るが、ここのスタッフの一人がこう言ったのを覚えている。

「ゲイオンリーのバーは嫌だ、こういう感じでミックスのほうが好き」

発言の経緯をすっかり忘れたのだが、手コキ風俗を体験した後の僕にこういう発言はとても印象深く感じた。

先に挙げた2番目の女性はかなり酔っていて(たぶん)セフレの男性のチンコがデカい旨の発言を連呼しまくり、その男性も全く否定をせず笑っていた。そのほか色々シモな話をしていたと思う。
ゲイバーで男女の性事情を聞くという現象がなんだかその時は面白く、そして、気付いたのだ。

異性愛という"マジョリティ"、俺、全然知らなくね?

これは別にセクシャリティの話だけじゃなくて、例えば映画を多く観る人をTwitterでフォローしまくると、タイムラインは自然と映画情報が埋まるわけで、それが”マジョリティ”だと思い込んでしまい、映画館で観ねばという人は実はそう多くはないと、実際人と会って話すと気付いたりすることだってあるというから、他にも通ずるところがある。

東京に住んでるとゲイなんてかなり多く、出会える率もグンと上がり、その世界に踏み入ると必然的にそれが"マジョリティ"に成り代わるんだな、と。
それに、僕の場合は結構好きなように生きてこれてるからから、自らの範疇が常識と思い込んでしまっている節があるのかもしれない。


ちょうどぱのこめさんの下記の記事がアップされていて興味深く読んだ。
panocomet.hatenablog.com
小学生の頃、サタデー・テーリング(地元ネタです、知らない人は検索してみよう!)で市内を何回か一緒に巡ったくらい仲の良かった友達と成人してから再会した後Facebookで繋がったのだが、彼は美人な女性と結婚をする、子どもが2人も生まれる(しかも男の子→女の子の順番)、一軒家を建てる・・・という絵に描いたような人生を送っている。
この過程に苦労があるかもしれないので彼が思考停止しているというつもりはないけれど、セクシャルマイノリティの生き方について想起することはたぶんないんだろうなぁ・・・とは勝手に思っている。

だけど、先に述べたように僕は好きなように生きてこられているのでそういった意味で世間でいう”一般な生き方”を想起してきていない状態になっている。

だからなのだろう。手コキ風俗を紹介してくれた知人と性事情を話したとき、男性同士の性事情のことは嫌というほど聞いたし話してきたというのに、男女のセックスの話をこれまでほっとんど誰かと話してきたことが無いからほぼ知らなかったことに気付き、すんごく興味が湧いてきて、もっと知りたい、知るべき、と思ったのである。
そして、ノンケであったとしたらこういう話を普通にノンケの友達同士で話してきてたのかもしれない、とも気付いたのである。
”思考停止”をしていたのは僕のほうなのだ。


自らの範疇でなくて、相対的に多数なことも(もちろん少数の方もだけれど)これからどんどん知っていきたい。

そして、こういったことに関連して2019年に一つやりたい目標が、つい先日決まった。
果たしてかなうのだろうか。