AIR-J'史

映画と映画祭と映画館と演劇とじゃがりこと旅行と音楽が好きな札幌生まれのAIR-J'の記録

自らをアーカイブする

chuck0523.hatenadiary.jp

このグループに入ってみたら早速「ブログを始めた理由」というお題が出たので書いてみる。

①blogを始めた浪人時代(2005年)

高校3年生の受験期、希望する大学はことごとく落ち、大学の夜間部には受かったが、密かに辞退した。
家族や友達皆へは大学の夜間部へ通いながら予備校へ通う"仮面浪人"と偽り、実は予備校だけへ通うタダの浪人生活が始まったのである。

あの頃は他の同級生が大学生を始めていたのが羨ましかったし、彼らと同等でいたかったし、そして親にもカッコつかないからとかで全ての人に真実を伏せてた。伏せながら高校時代の友達と会ったり遊んだりした。

ちょうどその頃くらいにblogなるものを始めた。
その頃のblogは"友達複数人と書く"と謳いながら実は一人でしか書いてないというもの。文体を書き分けて、でも高校の仲良い同級生には"友達と一緒に書いてるんだ"と言っていた。
そんなこと出来る友達なんていなかったのにね…

livedoor blogへ移行(2006年くらい〜)

livedoor blogに移行した。
2006年は晴れて大学生にはなったがそこは理学部化学科
高校時代は毎年赤点を取っていた化学がいつのまにか浪人時代でコツ掴んだお陰でそれなりに得意になり、そこそこ優秀と思われる大学(実際周りの同級生達はやる気に満ち溢れていた)に入ったものの、てんで化学というものに興味が持てなかったせいで、PCが使える部屋に入り浸る日々が続いた。
学内で友達と呼べる人はいたにはいたが、基本一人で行動をしていた。

ネットが拠り所。
blogが拠り所。
その頃は週ごとにテーマを決め、真実は1日だけ、他の日は嘘しか書かないblogを書いていた(時たま反転させて嘘を1日織り交ぜる週もあった)。

実験レポートはペラッペラのしか書かなくて教授にはよく呼び出し喰らっていたが、blogのネタを考えることにはかなり精力を注いでいた。

そして、コメントをもらうようになってからはブロガーさんたちと互いにコメントし合いながら交流を深めていたりもした。相互リンクなんかも貼るようになった。

ちなみに、このblogを通じて出会い、mixiTwitterで繋がった男の子が映画に出演したというので観に行き、映画館で約6年後にリアルで会って話した、ということもあった。
その映画はこちら


『こっぴどい猫』予告編

アメーバブログへ移行

livedoor blog時代からたまに特別記事として1年を上半期と下半期に分けて観た映画の本数を書いていたが、本記事でとしてのネタを書くのがツラくなって、観た映画のタイトルだけを記録するblogにしていこうと決めた。そこでAmeba blogへと移行、雑記は一切書かなかった。

この頃はmixiをはじめとしたSNSを中心とするようになったので、こちらに日記を投稿することが多くなった。
mixiまがいのSNSを始めるようになってからが一番友達が出来た(相変わらず学内ではぼっちを極めていたので)。
セクシャリティを自覚出来る唯一の場であったからというのもある。
※とはいえ、そんな某mixiまがいのSNSでさえ映画のことを書く割合のほうが多かったが。

はてなブログへ移行(2015年〜)

Ameba blogはポップすぎるしアクセス稼ぎのアホくさい友達作りの面が目立ちすぎて、淡々と記録するには全然向いてないと思い始め、移行先を探して、今に至る。

airj15.hatenablog.com

雑記なるものはたまに書くけれどTwitterで日記みたいなものは日々書いているので、主な目的を自分のあらゆるものについてのアーカイブとして特化している。

手書きノートの日記を書いていたのが2000年からなのできちんと遡れるのがそこからしかないが、それでも出来る限り自らの記録を羅列していこうとしている。

PC版サイドバーで一人酒用BGMのYoutubeリストブクログを公開してるのも、自分の趣味と歴史をアーカイブする一環でもある。

そういえば

一時期下記のアカウントが話題になったことがあったが、
twitter.com

自らのアーカイブの一環として似たようなことしようかと半ば本気で考えたことがあった。
自分らしくいくとしたら、レビューは無しにして、日にち、相手のスペック、至るまでの過程、内容、その後…とかを羅列していくってのがいいかもしれない、とか考えてたりはした。

スケジュール帳やtwilogを遡って、記憶と照合すればそれなりのものは作れそうではある。

変態度がグッと上がる気がする、というのは否めないけれど。